いま、私の右足首にはあざがある。
これは、10月21日の山梨学院戦で、すねあてをつけていたにも関わらず、PCのシュートが直撃してできたものである。
けっこう痛かったが、ホッケーが楽しくて、痛さなんかどうでも良かった。
そのあざが、中心から治っていって、もうすぐ、消えそうだ。
このあざが消えたら、私が、北大陸上ホッケー部で戦った目に見える証が、無くなる。
その後に残るものは、何だろうか。

なーんて詩人みたいに書いてみちゃいました、皆さんお久しぶりです、こっちゃんです!!
いやーそれなりの時期に回ってきて良かったですよ。
だって、みんなが新チームとして気持ち新たに頑張り始めてかなり時間が経ってから私が「うっ、ひっぐ・・・まだ・・・みんなといっじょに、ほっげーしでだがったでず」とか書いても、それこそ興ざめってか、KYっていうか。ww
まだギリセーフだと思うので、思う存分、書きたいと思います。

私のこれまでの2年半、めちゃくちゃ濃かった。
特に最後の1年はやっぱり、濃かった。
ほぼ毎週のように、幹部でミーティング、そしてみんなとミーティング。
これはほんと、貴重な時間だったなぁ。
それから、いつも部活の後は、最後の方までグランドに居ちゃったりした。
いつまでも色んな子と会話しすぎて、○奈ちゃんに、「早くハンコ押して下さい!!」って、怒られたっけね。笑。
1年生とグランドで砂いじりしながらベラベラしゃべった時もあったなぁ。
家に帰ってからも、部活のことが頭を離れなくて、あの人にメールしなくちゃ、あのことをメモしておかなくちゃ、って、いつまでも部活のことばっかり。
つまり、私は、切り替えが下手な人間だった。
前から大学院に進学するって決めてたから、しかも狭き門だから、勉強だってしっかりやらなくちゃならなかったのに、なんだか気がつくとホッケー部のことばっかり。
バカだな、って、時間の使い方が下手だ、って、思う人もたくさんいると思う。私もそう思う。これはこの先直してかなくちゃならない、自分の悪いとこ。
でも、それが自分なりのやり方だったんだよね。
だから間違ってなかったと思う。
そんな感じだから、先輩といた2・3年生の時ももちろんすごく楽しくて、いい思い出だけど、最後の1年は特に、濃い1年だった。

もちろん、いいことばかりじゃなくて、つらいこともあったし、それに、みんなにも、つらい思いをさせちゃったこともあったと思う。
それでもこうして1年ついてきてくれて、みんな、ありがとう。
1人1人に言いたいこともまだまだあるけど、本が出版できちゃうと思うんで笑、やめときます。
・・・みんなと1年頑張ってきて、最後の試合は、何とも言いようがないんだけど、みんなが1つになった気がする。
ベンチからの精一杯の声援も、フィールドにいる仲間の熱さも、スタンドからの応援も、全部感じてた。超楽しかった。
最後の最後にこの感覚、知れて良かったなぁ。

それから、幹部の、同期のみんな、里佳には、特に支えられた。
私がいつも長々メールでいちいち「どうしたらいいかな?」ってメールしても、ちゃんと返事くれた。
長電話したりね。笑。
この1年、私が1人で決めたことなんて、1つもない。(それもどうかな、って言わないで。笑)
頼りない主将を支えてくれて、ありがとう。

てくさん、私たちの代になってからそれまでよりたくさん、ご自分の時間を割いて練習に来てくださって、本当にありがとうございました。私が迷った時、てくさんがくれた「強い信念を持って、練習に励んでください」という言葉は、その後の私の道しるべでした。てくさんのお力や助言がなかったら、最後の半分くらいしか力のないチームだったんじゃないかと思います。本気で。本当に、感謝しています。

レジ、レジは函館にいるはずなのに、いっつも傍にいてくれたよね。気持ち的にも、物理的にも。笑。私がありがとうって言ったら、「みんなにいい試合してほしいから」って言ってくれたこと、絶対忘れない。そのくらいの恩返し、できたかなぁ。

男子部の皆さんも、王座前に仮想駿河台として練習の相手をしてくれたり、朝練に参加して女子部の練習の質を上げてくれたり、本当にお世話になりました。どうもありがとう。

練習に頻繁に参加してくださったOB・OGさんも、本当に私たちの力になりました。私たちにとっては、皆さんがコーチでした。ありがとうございました。

そして練習には来られなくても大会に応援に駆け付けてくださったOB・OGさん、大会に来られなくても温かい応援をくださったOB・OGさん、皆様のお力も、私たちには欠かせないものでした。ありがとうございました。

ありがとう、の乱用をしている気がする、自分。笑。

その後に残るものは・・・
言葉ではどうしたって伝えきれない、
みんなへの感謝と、
涙が出てくるほどあったかい、
この感じ。
なのかな。

こんなふうに思える部活に居られたのは、私の力でもなく、4年生だけの力でもなく、みんな1人1人のおかげです。本当に。
今まで、本当にありがとう。
これからは、みんなを精一杯応援していきます!
実はまだ、みんなに「頑張ってね」っていうの、寂しいんだ。
自分もその中に居たいなって、まだ、思っちゃうんだよね。
でも・・・
手倉森JAPAN2010(勝手に名前つけたぞ)、頑張れ!
私があなたたちのファン1号になってあげる!(ブザー・ビート〜崖っぷちのヒーロー〜莉子の台詞のパクリ)
またひょっこり部活現れた時には、温かく迎えてくれたら嬉しいな☆(ちなみになーたんに、こっちゃんさんは頻繁にいると思う、と言われました。さてどうかな。笑)

みんな、本当に大好きです。本当に、かけがえのない最高の思い出を、ありがとう。

さて次は、な、なんと!!!!みんなの大好きな・・・てくさん!!!に回したいと思います!毎日ブログをチェックする(みんな知ってた?)ほどブログ好きなてくさんが、初ブログでどんなことを書いてきてくれるのかドキドキですね!てくさん、よろしくお願いします♪





 

なんでまたコイツにまわったんだ、って声が聞こえてきそうですね。
メーリス外れてからメールの数が7割減、どうもタゴです。

……どうしよう。
いや、みんないいこと書いてるしさ。
対して、私は前回のブログで全て出し切ったつもりなので、何も書ける気がしないしさ。
前回のが引退ブログだよ!ってまりっぺに言ったところ、
『引退の挨拶は引退してからするものです。』ってメールが来ました。
引退しても叱られる、どうもタゴです。笑


もし、引退まで部活を続けていなかったら。
私はかけがえのない一生ものの宝物を得られなかった。

もし、なっちゃんと偶然会う事がなかったら。
私は、ホッケー部を知る事すらなかった。

もし、北大にソフト部が最初からあったなら。
私はソフト部に入り、他の部活に入る事を考えていなかった。

もし、野球やソフトが好きじゃなかったら。
私はスポーツの魅力に気づかず、きっとゲームしたり漫画を描く事で満足していた。

もし、北大を志すきっかけとなった「獣医」に憧れなかったら。
私は北大生ですらなかった。


・(たくさんのもしもが続いて、)

もし、私が生まれられなければ。
私は皆と会えないどころか、何も感じれなかった。

そもそも、両親が結婚しなかった「もし」もあるかもしれない。


こうして考えると、<『自分』という存在が『ホッケー部を卒部した』という事実>は得るべくして得たものではないように思えます。
たくさんの偶然が積み重なって出来た<事実>。
もし、パラレルワールド(ある「もしも」で、他の分岐に行ってしまった別の世界)が存在するのなら、
私は<この世界>の『私』でよかったと思います。

「自分」が生まれる確率ですら、60億分の1よりずっと小さいのだから、私が今こうしていれる確率ってのは相当低いはず。
サイコロの6の目を、何万回も続けて出す事よりも稀な事なんじゃないかな。
そう思うと、なんかすごいよね。

でも、その事実だけじゃ足りなくて、部活の皆全員がホッケー部に入っているって事実も絶対に必要。

ってことは、
<私の確率>×<○○の確率>×……×<△△の確率>=<今のホッケー部の存在する確率>
だから、それってかなりすごい確率!!

私だけじゃなくて、皆がホッケー部に入った事も奇跡の連続の結果だから、
……かけあわせるとものすごい奇跡の連続ーーーーー!!

ほんと、<私がホッケーやれて、皆と会えてよかったなって思えてる今>って凄く奇跡的なんですよね。

延々と話したけど、私が言いたかった事は、
皆に最後までホッケー部に居続けて、頑張って欲しいなって事。

引退して、自分にとっての部活の大きさを再確認したからこそ言えるんだけど、
部活を続けて得られるものはかけがえがなくて、あったかくて、他じゃ絶対に得られないものです。
ホッケー部ってのは、そういうものを得られる部活だと思います。
で、そんな部活に居れているってのは、凄く奇跡的な事なんですよね。

だから、辛い事も沢山あるかもしれないけれど、部活を諦めないで欲しい。
お前が言うか、ってツッコミはいるかもだけど、だからこそ言える事やと思います。
辛い事も、自分にとって大事な経験になるし(私はその度に皆に大事な事を教えて貰った)、
だからこそ楽しい事も引き立ちます。

前回のブログとかぶりますが、私がこうやって思えるのも、本当にみんなのおかげです。
部活の人と会わなくなって本当に寂しい。
そうやって思ってしまうような、魅力ある人ばかりでした。
迷惑かけちゃって、支えてもらう事も沢山あったのに変わらずあったかい皆の事が、私は大好きです。


半年しか一緒に居られなかった一年生。
終盤になってだんだんと皆を知れました。
本当はもっともっと知りたかったし、もっともっと仲良くなりたかった。
みんなから与えてもらったものは、「純粋さ」。
入部当初と比べて、皆の部活への気持ちが大きくなった事をひしひしと感じます。
まっすぐな、「上手くなりたい」って気持ちが凄くキレイだなって心から思ってました。
引退試合の後宿舎で何人かの子から「本当に頑張りますね!」って言葉を聞いたときは、
どうしようもないくらい感動しました。
私たちの気持ちを皆が引き継いでくれたように思えて、本当に嬉しかった。

一年以上一緒にいた二年生。
「変化」を一番感じさせられた学年なんだ。
一個下の三年生は後輩って感じがあまりしない(良い意味でだよ!)学年なだけに、
『後輩の成長』というものを私は皆からめちゃくちゃ感じました。
自分もすごく嬉しくなって、頑張ろうって何度も思ったものです。
「成長可能性の大きさ」を、皆からは教わりました。
去年の冬と比べて、本当に皆上手くなったよね。
すごく頼りになるようになったなぁって思います。
あと、皆とは楽に話せるようになるのに結構時間がかかったように思います(例外もあるけど)。
だから、仲良くなれて一番嬉しかった学年でもあったんだよね。

もはや準・同期のような三年生。
優しくて、真面目で一生懸命な子ばかりの学年だよね。
皆には時に癒され、時に支えられ、時に教えられ……
本当に、三年生の存在は大きかった!!
一個下の学年が、今の三年生で良かったなってのは四年生共通の見解やと思います。
それぞれの子と一対一で会う事も多かった学年だよね。
それだけに、凄く身近で、本当に先輩・後輩を良い意味で感じない学年でした。
皆それぞれ考え方がしっかりしてて、凄く尊敬している学年です。
本当に、今までありがとうね。

そして、同期の皆。
迷惑かけちゃったこと、本当にたくさんあった。
思い出すと本当に当時の自分の事を恥ずかしく思うよ……。
そのたびに見捨てる事なく私に大切な事を教えてくれた皆に、
本当に感謝しています。
ぶっちゃけ、二年生の途中までは皆とぶつかれる程の仲でもなかったよね笑
なっちゃん位にしか本音話せてなかった。
それがいつの間にか、「仲間」だなあって思えるような仲になれた事が本当に嬉しい。
プレイヤーのみんなはホッケーでもすごく頼りになる人ばかりだった。
自分は皆にコンプレックスがあるんだって言っちゃった事もあるし、それは事実なんだけど、
でもそれ以上に、私は同期の皆を誇りに思っていました。
考え方も皆凄くしっかりしてて、同期とかおいといてめちゃめちゃ尊敬してたよ。
まなも、仕事しながら部活を続けたってのは本当に凄いと思う。
レディも、大変だろうに何回も応援に来てくれて本当に嬉しかった。
そんなステキすぎる同期の皆が本当に私は大好きです。

書けないとかいっときながら、めっちゃ長くなっちゃってすいません。
私は、部活の皆と、<今の私の奇跡>に本当に感謝します。

ほんなら、次は皆から慕われ、頼れる主将クマガエさんによろしくお願いしたいとおもいます!
最高のキャプテン、よろしく!!
8番は永久欠番でもいいんじゃ?ってくらいの主将っぷりだったよ!





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